政治・社会

台風19号で八ッ場ダムは利根川の洪水をすくったのか?

投稿日:2019年12月12日 更新日:

2019年10月12日から13日に関東から東北にかけて未曽有の豪雨で、各地で浸水被害をもたらした台風19号。ここ数年、地球温暖化の影響で台風被害が相次いでいるが東京周辺への被害は少なかったため東京都小平市に住むものとしての実感が薄かったですが、今回は氾濫しにくいと言われていた多摩川が、武蔵小杉駅周辺で雨水や汚水を多摩川に流す排水管を川の水が逆流する内水氾濫で洪水被害が発生して、身近な災害として感じました。

東京都の水源は、主に西側は多摩川水系、東側は利根川水系、荒川水系です。治水の必要性が高いのは、昭和22年にカスリーン台風など過去に様々な被害を受けた利根川水系と、0メートル地帯に多くの居住者がいる荒川水系です。今回、完成近い八ッ場ダムが試験湛水(しけんたんすい)中で75,000千m3の水を貯めて利根川の氾濫リスクを下げたと久しぶりに脚光を浴びました。一方、八ッ場ダムの効果は限定的と主張して八ッ場ダムの効果は、17㎝水位を下げた程度と主張する記事もあり本当のところはどうなんだろうか?と調査してまとめて見ることにしました。

利根川水系の治水対策概要

八ッ場ダム工事務所のホームページにある利根川流域地図から引用した利根川流域地図に、八ッ場ダムの位置と、八斗島、栗橋、関宿、取手、布川、佐原、調子などの主な観測点を赤字で追記したものです。

図1.利根川流域地図と八ッ場ダムの位置と主な観測点を追加

国交省の説明をそのまま引用すると、『利根川は、その源を群馬県利根郡みなかみ町の大水上山(標高1,831m)に発し、千葉県銚子市において太平洋に注ぐ、幹川流路延長322km、流域面積16,840km2の一級河川です。その流域は、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県及び東京都にまたがり、流域内人口は日本の総人口の約10分の1にあたる約1,279万人に達します。 』と説明されています。

いかに影響が大きい河川であるかがわかります1947年のカスリーン台風などこれまでも多くの水害に見舞われてきました。最近ですと利根川水系の鬼怒川が2015年9月に茨木県上総市で氾濫したことが記憶に新しいです。

利根川の治水対策概要は、2011年に11月に 国土交通省関東地方整備局 が作成した八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討報告書に説明がありました。民主党政権時代の八ッ場ダムの見直し騒動の際に作られたものです。2-4章の現行の治水計画に概要があります。以下表1、2で、同報告書の抜粋したものです。

表1.基本高水のピーク流量等の一覧表
洪水調節施設というのは、同報告書 2-2章によるとて藤原、相俣、薗 原、矢木沢及び奈良俣ダム及び建設中の八ッ場ダムの6ダムであることがわかる。
図2.計画高水流量

上流と、烏川(からす川)の合流後の利根川の八斗島水位観測所で、 計画高水流量 が16,500m3/sです。しかし図1に示した通り、利根川上流の 藤原、相俣、薗 原、矢木沢及び奈良俣ダム及び建設中の八ッ場ダムの6ダムが、洪水調節施設で、5,500m3/sを流量調整しているので、もともとの高水ピーク流量は22,000m3/sとしています。渡良瀬川の合流で1,000m3/s増えており、栗橋水位観測所17,500m3/sとなり、江戸川に7,000m3/sほど分水して、10,500m3/sとなり、鬼怒川、小貝川から5,000m3/s、1,000m3/ほど流入しますが、 菅生調節池 ・稲戸井調節池 ・田中調節池 によって高水流量は変らず、取手水位観測所、布川水位観測所は 10,500m3/s で、佐原から印旛沼に1,000m3/s放流されて、9,500m3/sが銚子河口に放流されるという設計になっています。2017年9月最終変更の利根川水系利根川・江戸川河川整備計画【大臣管理区間】( 国土交通省 関東地方整備局 P8にも同じ説明があるため、図2が計画高水流量の最新版と考えて良さそうです。

しかし図2は計画値であり、現実の運用としては、年超過確率1/70 から1/80(70年から80年に一度起こる確率という意味) として、図3に示しましたが、同河川整備計画のP46に目標値というものが定められており、17,000m3/sが高水時の水量で、そのうち、上流の6ダムの洪水調整施設で、3,000m3/sを抑制して、八斗島や栗橋の目標水量は14,000m3/sのように定めているようです。

図3.利根川の高水時の目標流量

台風19号による関東の主な被害状況

2019年の10月12日から13日の台風19号の被害状況は、国交省関東地方整備局が 11月6日 に発表した『令和元年10月台風19号』出水速報(第3報)に詳細に記述されています。抜粋したものが図4です。

図4.左上:過去最高雨量の観測点、左下:過去最高水位の観測点、右:国管理最高水位

過去最高雨量または最高に迫る雨量を観測した場所が、関東をとりまく形で全体的に広がっており利根川、荒川、多摩川など多くの河川の中流域で最高水位を記録して、国管理河川では、埼玉県の荒川の支流の越辺川(おっぺがわ)や 都幾川(ときがわ) や茨木県の那珂川や久慈川が決壊しています。

この他にも国管理ではなく県管理の河川でも決壊があいつぎました。図4はほんの一部の被害状況です。栃木県では、13の河川が決壊しており、佐野市の 図4の秋山川など浸水想定のない7つの河川まで氾濫したのが特徴でした。

図5.氾濫した佐野市の秋山川( 2019年11月 )。付近では床上浸水もあった。写真奥に橋が落ちて残骸が残っている。水量が少ない言われていた河川が氾濫した。

WeatherNews社の台風19号アンケート冠水被害レポート(図6)を見ると、台風19号が通過した周辺の被害が大きいことがわかります。 そんな中で利根川は決壊を回避することが出来ました。

図6.台風19号通過ルートと冠水被害アンケート

台風19号における八ッ場ダムと利根川の状況

まずは八ッ場ダムの貯水容量について、公式のホームページから八ッ場ダムの貯水容量について図6です。右側には、10月13日の国交省の発表した水位上昇を書き込みました。

台風19号における八ッ場ダムの活躍が、インターネットのニュース中心に取り上げられていますが、実際にはどういう状況だったのでしょうか?

注1:今後、堤体の設計精査により変わりうる。
注2:ダムの目的の一つである利水目的(水道、工業用水など)に使用するために、貯水池に貯めることが出来る最高水位。貯水池の水位は、渇水と洪水の時期以外は常時この水位に保たれます。
注3:洪水調節を目的とするダムのなかには、洪水期に洪水調節のための容量を大きくとるために、洪水期に限って常時満水位よりも水位を低下させる方式を採用するダムがあります。このような場合に、洪水期に超えてはならないものとして設定されている水位で、常時満水位より下にあります。夏期制限水位と呼ぶこともあります。
注4:ダムの総貯水容量から堆砂容量を除いた容量のこと。

図7.八ッ場ダム貯水容量と台風19号の水位上昇

八ッ場ダムは、 107,500千m3(1億750万m3)の貯水総容量です。実際にはダムには上流から流れてくる土砂が堆積していく前提ですので、計画堆砂容量が17,500 千 m3あり、有効貯水容量は、90,000 千 m3です。注2にある通り、非洪水期である10月6日から6月30日は、常時万水位の583mまで水を入れるとあります。洪水期は、洪水調整容量の65,000 千 m3を確保するために、水位を552.2mまで下げて25,000 千 m3とする運用とするという説明がされています。非洪水期と洪水期で分けて運用するという設計になっています。

国交省は 八ッ場ダムは、10月1日から試験湛水(たんすい)開始すると発表していました。試験湛水とは、一度ダムを満水にして、一日に1mずつ水を抜いて水位を下げて、ダムで掘り下げた斜面が崩れないかなどダムの安全性を確認する作業です。 10月13日の国交省の発表 のグラフを見ると、10月12日の1時ごろから雨量が増えて、13日の5時ごろ573.2mでほぼ満水となっています。約19時間で貯水量は、75,000 千 m3と、八ッ場ダムの洪水期の設計貯水量の65,000千m3以上の水を貯めたことになります。最大流入量は、国交省は2,500m3/sと発表していますが、75,000 千 m3を満水に至るまでの19時間(68,400秒)で割ると平均1,096m3/sとなりますが、図8の赤い山型のグラフのピークが10月12日の20時から21時ごろがダムへの流入量では2,500m3/sという発表には違和感はありません。

図8. 台風19号における八ッ場ダムの試験湛水状況について(国交省10/13発表)

このときの利根川の状況はどうだったのでしょうか?国交省の10月17日の発表では、以下となっています。利根川の川俣観測所と、利根川の支流の思川の乙女 観測所 で計画高水位(背景赤色)で氾濫発生レベル4を超えて、利根川の栗橋観測所と芽吹橋観測点で氾濫危険水位(背景紫色)で氾濫発生レベル3を超えていました。

図8.台風19号の観測所の危険状況(国交省10月17日発表)
図9.台風19号の観測点の水位(国交省10月17日発表)

川の断面図とリアルタイムの水位も国交省の川の防災情報から見ることが出来ます。利根川本流の氾濫危険水位を赤字で、計画高水位を超えた川俣、栗橋、芽吹橋観測所の最高水位を青字で断面図に書き込みました。

図10 川俣観測所の10月13日の2:00の水位
図11 栗橋観測所の10月13日3時の水位
図12 芽吹橋観測所の10月13日10時の水位

3箇所いずれも氾濫危険水位を超えており、どれだけ水量が増していたかがよくわかります。断面図だけを見ると、栗橋観測所が、久喜市側(図11の右側)の堤防高さまで約1.5mまで迫っていて最も危険に見えます。川の流れは高さ一定ではないので、越水の可能性は十分あったとは思いますが、なんとか持ちこたえたというべきでしょう。

八ッ場ダムがなかったら利根川は洪水になったのか?

国交省の11月5日の発表、台風第19号における利根川上流ダム群の治水効果(速報)によると、八木沢ダム、奈良俣ダム、藤原ダム、相俣ダム、薗原ダム、下久保ダム、試験湛水中の八ッ場ダムの7つのダムで1億4,500万m3(145,000千m3)の洪水を貯留して、八斗島地点では、水位を約1m下げたとしています。

・観測最高水位 約4.1メートル
(利根川上流ダム群※で貯留)

・計算最高水位 約5.1メートル
(全ての利根川上流ダム群※が無い場合を仮定し、算出)

水位低下量 約1メートル

6つの利根川上流のダムの流入量、流出量、貯水量は、国交省の水分水質データベースでインターネット上で公開されています。既存6ダムの10月12日から10月13日の流入量、流出量、貯水量を見てみます。

図13 奈良俣ダム(10/12~10/13)
図14 矢木沢ダム(10/12~10/13)
図15 藤原ダム(10/12~10/13)
図16 相俣ダム(10/12~10/13)
図17 薗原ダム(10/12~10/13)
図18 下久保ダム (10/12~10/13)

既存6ダムの八ッ場ダムの最大流入量が2,500m3/sのピーク時間帯での10/21の21時における、6ダムの流出量と、10/12から10/13の貯水量をまとめます。奈良俣ダムと矢木沢ダムは、藤原ダムの上流なので、10/21の21時ごろの流量としては、藤原ダムの流出量にまとめました。

  19号貯水量 ピーク流入量 ピーク放出量
奈良俣ダム 約4,700千m3 (137m3/s 10/12 18時) (19m3/s)
矢木沢ダム 約11,200千m3 (323m3/s 10/12  19時) (93m3/s)
藤原ダム 約7,700千m3 380m3/s 10/12  21時 315m3/s 10/13 1時
相俣ダム 約7,000千m3 350m3/s  10/12 20時 241m3/s 10/12 22時
薗原ダム 約9,000千m3 1,012m3/s 10/12 21時 1,036m3/s 10/12 21時
下久保ダム 約33,000千m3 1,836m3/s  10/12 18時 794m3/s一定制御
八ッ場ダム 約75,000千m3 2,500m3/s 10/12 20時 4m3/s
合計 147,600千m3 6,078m3/s (*1) 2,390m3/s(*2)

*1)藤原ダムの直列上流にある奈良俣ダム・八木沢ダムを除くピーク流入量の合計 6,078m3/s

*2)藤原ダムの直列上流の奈良俣ダム・八木沢ダムを除くピーク放出量の合計 2,390m3/s

表2 利根川上流6ダムと八ッ場ダムの10/12~13ピーク流入量、放出量、貯水量

 

洪水期(7月~9月)設計水位千m3

12日1時

貯水量千m3

13日23時

貯水量千m3

12日1時

貯水率

13日23時

貯水率

奈良俣ダム 72,000 71,788 76,278 84.5% 89.7%
矢木沢ダム 115,500 90,826 102,104 87.3% 88.4%
藤原ダム 14,690 23,212 29,013 74.9% 93.6%
相俣ダム 10,600 11,140 18,647 55.6% 93.1%
薗原ダム 3,000 3,120 12,079 23.6% 91.6%
下久保ダム 85,000 81,792 114,510 68.2% 95.4%

表3 利根川上流6ダムの貯水量と貯水率(洪水期設計水位はリンク先の洪水調整図より)

貯水量の国交省の発表は、1億4500万m3(145,000千m3)ですので、表2の検証結果147,600千m3とほぼあっています。13日の23時には、利根川上流の6ダムの貯水率は88%~95%ということでほぼ満水の状態となっています。八ッ場ダムについては貯水率は100%近いとということでダム容量を使い切ったことになります。今回は、八ッ場ダムは試験湛水期間であったため空に近かったために、流入量が最大2,500m3/sになっても、放出量は4m3/sに抑えられてラッキーだったといえます。他のダムは、10月12日1時の時点での水位を見ると、相俣ダムや藤原ダム、薗原ダムのように洪水期の設計水位を既に上回っていたダムもあります。八ッ場ダムが洪水期の設計水位を上回っていたら貯水容量を上回ってしまい、緊急放流した可能性もありました。

利根川に流れる水量をどれだけ制限したかは、表2のピーク放流量とピーク流入量の差である程度わかります。矢木沢ダム、奈良俣ダムは藤原ダムの直列の上流にあることから考えません。

6,078m3/s(*1) - 2,390m3/s(*2)  = 3,688ms/s

ピーク流入量と、ピーク放出量で時間差があるので、実際にはもう少し少ないかもしれませんが、最大値の効果として見て3,688ms/sの水量を減少させたと言えます。利根川水系利根川・江戸川河川整備計画【大臣管理区間】( 国土交通省 関東地方整備局 の目標である上流6ダムで3,000ms/s抑制して、利根川の八斗島、栗橋の流量を14,000ms/sに抑えるという年超過確率1/70 から1/80(70年から80年に一度起こる確率という意味)の目標値に近い数字になっています。

次に、八斗島観測所の水位を約5.1mから、約4.1mに下げたという点について検証したいと思います。八斗島の最高水位は、図9にあります通り、10/12の23時ごろがピークで、4.07mという報告をされています。上流の7ダムのピークが、18時から21時頃なのですが、八斗島まで水が流れるまでの時間差がありますが、図1の地図を見てもわかりますが、距離が離れていますので理解できます。

八斗島の水位を1m下げたとは、どれだけの流量をさげたことになるのでしょうか?このときの流量や、流速については発表がありません。川幅が、八斗島の川幅は利根川上流河川事務所によれば1000mあります。利根川の洪水時の高水目標流量は、図3に示した通り、14,000m3/sです。仮に14,000m3/sで流れていると仮定して、川幅1000m x 水位1m分とは流量はどれくらいなのでしょうか?  

図19.八斗島の川の断面積から計算される1m分の流量

国交省の川の防災情報から八斗島の川の断面積を、おおよそ計算します。図19の通り、川幅900mで高さを4.1mの長方形が断面積として、流量を図3に示した計画高水流量の14,000m3/sと仮定すると、流速は3.79m/sとあります。1m水位の上昇を抑えた川幅が1000mとすると、3,790m3/sの流量を抑えたと計算できます。

たまたまかもしれませんが、利根川上流ダム群7つのダムのピーク流入量と、ピーク流出量との差分の3,688m3/sに近い数字になっています。利根川上流ダムで制限した流量は、川や河川敷も調整池のように使いながら、合流を繰り返して利根川にたどり着くわけで、数10km離れた下流の八斗島でも同じだけ流量を制限したとは限りません。逆にダム下流で降る雨量もあるため、ダム下流の雨量は下流の流量を増やします。この計算では、たまたまダム群7つの制限した流量が、国交省の発表の八斗島で1m水位を下げたというべき計算結果になりましたというべきかもしれません。

なお、八ッ場ダムの効果は、17㎝水位を下げた程度と主張する記事についての根拠は、八ッ場あしたの会の2019年10月13日のブログにある「台風19号、利根川における八ッ場ダムの洪水調節効果」に説明がありました。「国交省による八ッ場ダムの治水効果の計算結果」を使うと、栗橋地点に近い江戸川上流端のピーク流量削減率は1/50~1/100洪水では3%前後と説明がありますが、残念ながら「国交省による八ッ場ダムの治水効果の計算結果」を見つけることが出来ずに、栗橋地点に近い江戸川上流端の3%という根拠はわかりませんでした。

利根川上流ダム7つのダムの国交省の言う水位1mを下げたという発表が真実と仮定したら八ッ場ダムでの寄与は、何㎝でしょうか?表2のピーク流入量で行くと、7ダム合計で、3,680m3/s 制限した流量うちの、八ッ場ダム分のピーク流量が2,500m3/sで、放出は4m3/sのため、2,496m3/sを削減したの寄与したといえます。3,680m3/sに対して、最大67%、1mに対して寄与したとすると、最大67㎝分が八ッ場ダムの数位を下げた分の寄与したという計算になります。

八ッ場ダムがもしなかったとして、八斗島観測所では、67㎝上昇したとしても、現実の最高水位4.1m+0.67m=4.77mで氾濫危険水位の4.8m以下で洪水の恐れはなかったと言えます。但し、栗橋観測所の右岸(図11の右側)では、最高水位の9.61mまで上昇しています。 栗橋観測所の川幅は、図3の目標高水流量の通りに、八斗島と同じく14,000m3/sの流量と仮定すると、 利根川上流河川事務所の情報によると川幅は約700mなので、67㎝ x 1000 / 700 = 95cm 分の上昇となるため、9.61m + 0.95m = 10.56m ですが、これは計画高水位の9.9mも超えており、越水して洪水に至ったかもしれません。

しかし、八ッ場ダムがなかった場合は、ピーク流入量の2,500ms/sが、そのまま下流に流れたのかも考えないといけません。下記の写真は八ッ場ダムの下流の鹿飛橋の写真ですが、切り立った崖に囲まれた川幅は非常に狭く、このような切り立った崖も自然の堤防の役割を果たすため、2,500m3/sの水が流れるのか疑問です。群馬県の河川整備計画には吾妻川流域の計画がないため、どれだけの水量を流す想定なのかわかりませんでした。

図20. 八ッ場ダム下流の鹿飛橋から撮影した吾妻川 ( 2019年11月 )

確かに台風19号では、八ッ場ダムは、75,000千m3の水を貯めました。その効果は、国交省の発表の八斗島の水位を5.1m→4.1mと1m下げたという発表が真実だとすると、八ッ場ダムの寄与はそのうち最大67%のとなります。八斗島では洪水にはいたらなかった可能性が高いですが、栗橋観測所の右岸では、計画高水位を超えて堤防を越水していた可能性がありました。但しそれは、八ッ場ダムでの制限したピーク流入量が2500m3/sが、そのまま下流の八斗島や栗橋に流れたと仮定した場合です。

台風19号ダム以外の洪水調整機能、遊水池・調整池

台風19号に対して、利根川水系の上流の7ダムの活躍以外には、大きな役割を果たしたのが、調整池です。国交省は、11月6日に、渡良瀬遊水地、菅生調整池、稲戸井調整池、田中調整池の4つの調整池で、合計250,000千m3(2億5千万m3)を貯留したと発表しています。 上流の7ダムの 貯留量が合計145,000千m3(1億45百万m3)ですので、遊水池・調整池は、ダムの1.72倍の貯水量でした。

図21.利根川水系のダム・調整池貯水量(国交省の発表と、国交省の水分水質データベースより)

図21にそれぞれの調整池とダムに貯留した水量をおおよその面積で表示しています。渡良瀬遊水池が160,000千m3(1.6億m3 1.71億m3の93%を使用)貯留と、もっとも大きな貯水量でした。菅生、稲戸井、田中調整池は、全部で90,000千m3(1.7億m3の52%使用)貯留しました。

ダムはダム上流の雨量の調整機能しかありせんが、遊水池、調整池は、どこに雨が降っても洪水の防止に寄与できるというメリットがあります。

台風19号における利根川の水量に関しては、もっと検証する必要があるでしょう。図3にある14,000m3/sという流量をつかって検証しましたが、実際にどれだけの流量を確保できていたのか、国交省による今後の検証結果を期待したいと思います。河川の役割を、水を流す能力の確保できてこそ、ダム・遊水池・調整池が機能できるのです。

今後のダムの役割とダム運用の課題

ダムには、治水(洪水対策)、利水(飲水・工業・農業用水での安定供給)、発電などの役割があります。利水に関しては、全国的にも水使用量が減少傾向にあるようです。図22に示しましたが、東京都のように人口が微増しているエリアに関しても減少傾向です。利水を考える必要性は薄れてきています。

図22.東京都の配水量(東京都の統計より)

発電に関しては、クリーンなエネルギーとしての役割はあるでしょう。しかし八ッ場ダムに関しては、東京電力の発電を奪ってしまうという問題があったようです。

何より考えないといけないのは治水、洪水対策の役割になってきています。関東でも今回2019年の台風19号のみならず、2015年の鬼怒川氾濫など上流のダムが機能しても防ぎきれなかった災害もありました。地球温暖化が進んでおり台風19号のような被害は、70年から80年に一回と言えるような状況ではなくなっているように思います。

今回の台風19号でダムでの対応を考えないといけないことがあります。まず、ダムのオペレーション、洪水期の7月~9月が終わった直後の10月12日、13日の台風という時期でしたが、利根川上流6ダムに関していえば、藤原ダム、相俣ダム、薗原ダムは、洪水期の設計水位を超えて貯水されていました。洪水期を10月も含めるべきなど見直すべきでしょう。

ダムのオペレーションがどう行われたかは、洪水調節図と実際の流入と放出のピークを見るとわかります。下久保ダムの洪水調節図には、800m3/sの流入量に至ると、放出を500m3/sに制限するという図になっています。下久保ダムの10月12日と13日の運用は図19を見ると、流入量が800m3/sに至って放出制限を開始しているのがわかりますが、放出量は500m3/sではなくて、800m3/sに制限しています。13日の朝には流量が落ちてきましたが、95%の貯水量で流量制限出来ましたが実際にオペレーションしていたダム管理者はひやひやしながら見守っていたでしょう。

今回の台風19号は、10月9日の気象庁の発表で、段階で雨量が多いことがわかっていました。このような時に、事前にダムにたまった水を放出することは出来ないのでしょうか?少なくても洪水期の設計水位以下まで放出するオペレーションが必要ではないでしょうか。

図22.下久保ダム洪水調節図

ダムの長期のオペレーションも考えないといけないこと課題があります。

図23.台風19号後の長野原草津口付近の八ッ場ダムの入り口(2019年11月)

図23は、八ッ場ダムの入り口のすぐ上流の吾妻川の台風19号後の様子です。長野原草津口駅の近くから撮影したものです。吾妻川には、大量の土砂が流れ込んで川をふさいでしまっていることがわかります。八ッ場ダムの75,000千m3の貯留効果の陰では、ダム上流の河川の土砂及び、ダムの湖底にたまった土砂も除去しないと設計通り効果を発揮できないという問題があるのです。

これからの治水はどうあるべきか?

今回の八ッ場ダムの活躍で、 民主党政権時代に見直しの議論があった八ッ場ダムでしたが、中止すべきではなかったと考えている人が多いようです。台風19号だけを見ると、確かにその通りだったかもしれません。

しかし、中止になった利根川水系上流ダムも他にはあります。図1や図12を見ると烏川(からすがわ)の上流にはダムがないことに気付きます。2015年3月の群馬県の報告書によると、烏川の上流には倉渕ダムの予定がありましたが、2010年に採算が合わないと言うことで計画は中止の方向で手続きに入っています。

このような例があることを考えると、ダムがないと洪水を防げないというわけではないことがわかります。河川の流量確保を基本として堤防を整備して、ダム、貯水池・調整池洪水調整能力をどのように運用するかが、河川整備計画であることがわかります。

今後も地球温暖化で、豪雨被害は増えるのではないかと思われるますので、河川整備計画の見直しは必要でしょう。国交省や政治家による河川整備計画を見直しや、国民へのわかりやすく説明に期待したいと思います。

その際には、ダム整備はもっとも自然環境への影響が大きい洪水調整機能です。整備する際に最も慎重に考える選択肢とするべきと私は思います。

さらに、利根川、荒川などの洪水ハザードマップのエリアについては、長期的には住居を移転する方向で誘導していく必要があると私は思います。住み慣れた土地に住み続けたいという人は多いとは思いますが、異常気象が続いて豪雨災害のリスクは今後大きくなるでしょう。人口が減少にむかっている現在の世代こそチャンスです。将来の世代のために長期的に考えていくべき課題と言えるでしょう。

民主党政権時代の八ッ場ダムの見直しの議論がありましたが、その時は代替案が検討されています。八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討報告書の 第4章4.2.3-4.2.5 複数の治水対策案、概略評価、評価軸ごとの評価の4-73ページに各代替案の評価があります。

八ッ場ダム案、河道採掘案、 渡良瀬遊水地案 (渡良瀬遊水地越流堤改築+河道掘削案)、 新規遊水地案 (利根川直轄区間上流部遊水地新設+河道掘削案)、 流域対策案 などが、完成まで要する費用(工事費)及び、年間の維持管理費とともに評価されています。八ッ場ダムにすでに相当な費用で工事がかなり進んでいたこともあり、八ッ場ダム案が最も有効という最終評価になって、現在にいたっています。

八ッ場ダムは試験湛水が終わると完成で運用に入ります。今更、八ッ場ダムを使用しない、見直しするという選択は合理的ではないです。しかし今後の利根川に限らず、河川整備計画の見直しを議論する際には、まずは河川の流量の確保を確認すべきで、八ッ場ダム見直しの際に検討されていた河道採掘案や遊水地案なども、深く検討すべきだと思います。新規に洪水調整施設が必要となった場合、イニシャルコスト、ランニングコストだけではなく、その効果もしっかり検討して必要に応じて河道採掘 、遊水池・調整池、ダム、堤防などで治水対策を検討していくべきでしょう。

まとめ

  • 利根川水系の河川整備計画は、 年超過確率1/70 から1/80(70年から80年に一度起こる確率という意味)で八斗島観測所から栗橋観測所に17,000m3/sが高水時の水量と想定して、上流の6ダムの洪水調整施設で、3,000m3/sを抑制して、八斗島や栗橋の目標水量は14,000m3/sとして運用する計画になっている。
  • 台風19号の上流6ダムと八ッ場ダムで流入量ピークと、放出量ピークの差分を最大の洪水調整機能とすると、最大3,688m3/sの流量を制限した。八ッ場ダムの最大流入量となった時間帯では、2,496m3/sで最大67%分寄与した。
  • 国交省の八斗島観測所において、上流6ダムと八ッ場ダムで5.1m→4.1mに水位を下げたという発表が正しいとして、八斗島から栗橋までの水量が14,000m3/s程度だったと仮定すると、断面積から計算して、3,790m3/sとなり、上流ダムの流量制限と近い数字になった。この場合は、栗橋観測所の右岸では、計画高水位9.9mを超えて、10.56mに至り越水して可能性もある。
  • 上流6ダムと八ッ場ダムの貯水量は、1.45億m3であったのに対して、遊水池・調整池の貯水量は、2.5億m3で、1.72倍の効果を発揮した。ダム以上の役割を果たしたのは調整池であった。
  • ダムは、その上流側の雨水の調整機能しかない。また、洪水設計水位で台風を迎えることが出来るとは限らない。長期的にはダムにたまった土砂を除去するという作業が必要。ダムの運用には課題も多い。
  • 今後の河川整備計画は、台風19号が70年~80年に1度の災害と考えるのが妥当かどうかも含めて見直す必要があり、河川の能力を評価して、必要に応じて河道採掘で河川の流量確保を基本して 、遊水池・調整池、ダム、堤防などで、治水対策を考えていくべきだ。

以上(2019年12月23日)

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