ランニング

第16回乳酸研究会(2020/2/1)報告

投稿日:2020年2月12日 更新日:

今年も東大駒場キャンパスで2020年2月1日に行われた乳酸研究会に参加してきました。乳酸研究会は、東京大学大学院教育学研究科で運動生理学を専門とされている八田秀雄(はったひでお)先生が主催されている一般公開の研究会で、どなたでも無料で参加できます。今年もざっと見たところ200人以上の人が参加していました。

私は、2018年から参加していますが、毎年ランナーにとって重要なスポーツ科学の最新の研究成果について学者、研究生、アスリート指導者が登壇して説明してくれます。研究会の名前はマニアックですが、八田先生が乳酸研究の第一人者であり乳酸に関する著作が多数ある事、スポンサーであるコービオンジャパン株式会社が乳酸をつくっている会社であり、アークレイ株式会社がアスリートのための乳酸測定器Lactate Pro2を販売している会社であることから、まあ必然というか、そうなんだろうなという学会の名称です。

乳酸は疲労物質としてとらえられていますが、これは間違いです。血中乳酸濃度は疲労の指標にはなりますが、疲労物質ではありません。 運動強度の高い解糖系回路でエネルギーを生み出す際に生産されますが、その後、有酸素運動のTCA回路(クエン酸回路)で使用される代謝物質というのが正しいです。詳しくは八田先生の著作、乳酸をつかいこなすランニングをお勧めします。

2020年の第16回乳酸研究会は以下の内容が紹介されました。

・田村優樹 先生 日本体育大学 体育学部/大学院体育科学研究科体育研究所

「温熱刺激による骨格筋ミトコンドリアの適応と機序 物理療法の作用を生命科学で紐解く」

・加藤弘之 先生 味の素株式会社 食品研究所 代謝研究グループ 

「アミノ酸を活用したアスリートの科学的栄養サポート -研究と選手強化の融合を目指して-」

・広瀬統一 先生   早稲田大学 スポーツ科学学術院

「女子サッカー 世界で戦うためのコンディショニング」

・船渡和男 先生    日本体育大学 体育学部 体育学科 

中学・高校生選手育成に向けた スポーツ医・科学サポート ~東京都競技力向上テクニカルサポート事業~」

・平賀敦 先生 日本中央競馬会 競走馬総合研究所、冨成 雅尚(日高育成牧場) 

「乳酸からみた競走馬のトレーニング管理」

温熱刺激による骨格筋ミトコンドリアの適応と機序 物理療法の作用を生命科学で紐解く

ミトコンドリアは、細胞内で有酸素運動であるTCA回路(クエン酸回路)でエネルギーを生み出していて、ランナーにとって重要な役割を果たしています。詳しくは以下のブログでまとめているので参考にしてください。

長距離競技におけるエネルギー源と血中乳酸濃度の意味を考える

https://runkodaira.com/running/running-energy-lactate/

ミトコンドリアは、細胞内、主に遅筋に存在しています。心肺機能は心臓と肺の機能と思われがちですが、血液が運ぶヘモグロビン内の酸素は、ミトコンドリアでTCA回路、電子伝達系として消費されてでエネルギーが生み出されます。心肺機能において、心臓と肺の機能は重要ですが、ミトコンドリアが多く細胞にあることも大変重要です。

田村先生の講演は、音節刺激によって骨格筋(いわゆる筋肉のこと)におけるミトコンドリアの量、機能は高まるという内容でした。マウスを対象として温熱刺激で筋肉のミトコンドリアが増加して(エネルギーを細胞組織に供給する化学物質である)ATP産出の際の酸素消費速度を向上させ機能的にも向上させることを明らかにしました。

成果の応用の可能性として、アスリート向けには「運動後の温熱刺激は持久系トレーニングによるミトコンドリア生合成を増強すること」、リハビリテーションの分野では、「温熱刺激によって筋不活動によるミトコンドリアの量・機能を高めることで、筋不活動に伴う骨格筋萎縮が軽減されること」などを説明された。後者は、19世紀、1816年に発表された温泉論や、1854年の温泉考など、いわゆる温泉療法として広く信じられている古典的な療法を改めて証明したという説明は腑に落ちました。

ウオーミングアップで温めてミトコンドリアを活性化させてから競技にのぞむことはどんなランナーも実践していますが、運動後筋肉を温めることを実践している人は少ないでしょう。先生は、40℃、30分程度とお話ししていました。時間がかかるので朝ランナーの私はすぐに実践できませんが、運動後、長く入浴することでミトコンドリアの質的量的活性化が測れるという解釈で良いのかもしれません。

アミノ酸を活用したアスリートの科学的栄養サポート -研究と選手強化の融合を目指して-

加藤先生は味の素株式会社でアミノ酸の活用の研究員をされています。フルマラソンでアミノバイタルを愛用する私としては聞き逃せない講演でした。八田研の卒業生で、2015,16年にはトロント大学で留学経験もあるとのことでした。現在は、JOCのオフィシャルパートナーの立場で平昌(ピョンチャン)オリンピックでは 江陵選手村で、オリンピック選手の食事のサポートもされたそうです。

従来のスポーツ科学は、大学生アスリートで実験台として実証したことをトップアスリートに適用するという手法が取られていましたが、エリート選手こそ研究対象となってその成果を一般運動選手にも適用する流れになっていると説明があり、その通りだと思いました。最近は、アスリートがTwitterやインスタグラムで練習内容を公開しており、エリートランナーからの積極的な情報公開によってのファンを増やす流れが出来ていることを思い出しました。

アスリートの筋肥大に必要なたんぱく質の量は、従来は、1.6g/kg体重・日と言われてきました。これは窒素出納法という、食べたたんぱく質と、排出物の窒素の量の差分から必要量を計算する方法だそうです。近年開発された評価法である指標アミノ酸酸化法(Indicator Amino Acid Oxidation Method : IAAO法)では、(筋肉に負荷をかける)レジスタンストレーニング期間中は、2.2g /kg体重・日 は必要だという説明でした。

たんぱく質は、20種類のアミノ酸のパターンで構成されていますが、必要なたんぱく質がバランスよく含まれていないと筋力アップにつながらないのですが、とくに不足しがちなアミノ酸は、リジンだそうです。なお、アスリートが効率よく筋力を強化するためのアミノ酸は、体内で生成することが出来ない必須アミノ酸であるBCAA(バリン、ロイシン、イソロイシン)であることが知られています。とくにロイシンが最も重要で、1日に700~3,000mgを取ることで、効率よく筋肉を増やすことができると説明されました。トップレベルの水泳選手のアリゾナでの高地トレーニングの際には1日に2.4-2.5gのBCAAを飲んだそうです。10人の被検者で個人差もありますが、1日2.3g以上のBCAAで筋力が増えるという結果だったそうです。

講演終了後のレセプションで、加藤先生に、自分のフルマラソンにおけるアミノバイタルの飲み方を説明して、適切な量について質問しました。自分は、アミノバイタルプロをレース前に2本とアミノバイタルゼリーひとつ、さらにレースでポーチにいれて持って行き、37㎞くらいで アミノバイタルプロ を2本、都合5本飲むという説明をしました。アミノバイタルのパッケージには1日1-3本とありますが、抑制的に書いてありフルマラソンという過酷なレース時は、5本は全く問題なく適切な飲み方ではないかと教えていただきました。これまで自分の飲み方は多すぎかと思っていましたが、まったく問題なさそうで安心しました。

女子サッカー 世界で戦うためのコンディショニング

広瀬先生は、日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフであり、日本女子サッカーのフィジカルコーチとしてチームに同行している。課題を見つけて改善するためのフィジカル強化のためのトレーニングのコーチをしています。

2019年のワールドカップは、Best16で日本代表は敗退しました。試合からカウンターにおけるワイドアタッカーのスピードはスエーデンやジャマイカの選手は、31km/hまであがってきていることを、試合中の選手の動きにスピード表示した映像を見ながら解説。男子のトップクラスのレベルは32km/hで、男子レベルに近づいてきている。日本女子のカウンターでは、最大でも29.8km/hと世界のレベルについて行けていないことが一つの要因で負けたと説明があった。オランダ戦では、Z5(ゴール前)での運動量が負けている。Z4(ゴール前よりセンターより)の運動量では勝っていた。ゴール前のトップスピードでの運動量で振り払われて失点していることについての解説がありました。

サッカーのパフォーマンスを決めるのは、体格(姿勢・身長)、技術(フィジカルスキル、フットワーク、重心位置調整)、体力(持久力、スピード、筋力(パワー)、スピードアジリティ)であり、ワールドカップの日程に併せて最大化する必要がある。

日本の女子サッカーには、2016年からウエイトトレーニングを取り入れたパワー強化を取り入れた。プッシュアップ、スクワット、ウエイトトレーニングなど。この結果、2017年から2018年で、4人の選手が25-28km/hから26-29km/hとスピードが強化された。

東京五輪では、高温環境下で行われる。パフォーマンスを発揮するためには、暑熱馴化、及び、試合中の身体冷却などを戦略的に行う必要があることを強調されていました。

中学・高校生選手育成に向けた スポーツ医・科学サポート ~東京都競技力向上テクニカルサポート事業~

船渡先生は、東京都でアスリート発掘育成事業をされている。とくにアーチェリー、カヌー、ウエイトリフティングの競技に挑戦する中学生を強化した。都内の10万人の中学生に募集をかけて、300人から100人を書類選考して体力テストで50人に絞り最終的に20-30人をジュニアアスリートとして育成するプログラムである。原資は東京都スポーツ文化事業の予算で、東京の日体大、日体女子大、国士館大、早稲田大、東海大がテクニカルアドバイザーとして参加している。

コンディションサポート、パフォーマンス向上、トレーニングでジュニアアスリートをサポートしている。結果が出始めており、ウエイト、カヌーについては、育成選手のうち58%が国体に出場して40%が入賞している。

育成選手の体型の変化の統計もとれていており競技ごとに特徴が表れている。選手によって早熟の選手と、高校生から大学で伸びる選手と様々。逆に高校生から伸び悩む選手も多い。選手の個別性と、特異性を理解して改善する必要がある。育成プログラムの結果は、大学にフィードバックされてパフォーマンスの向上につながっている。

乳酸からみた競走馬のトレーニング管理

競走馬のトレーニングにもPolarの心拍計や、乳酸測定を導入している。しかし、2歳で競走馬としてデビューすると以後は出来なくなるので、若い馬での実験のみを行っている。競走馬は血中乳酸値は前半1分で上がりやすい。20-25mmol/lまであがる。競走馬は人間よりスピード持久力に優れている。

馬は人間と違って話は出来ない。それだけに客観的な指標が必要。若い馬では、手を抜いて遅いのか、全力で走ってスピードが出ていないのかわからない。血中乳酸濃度をLactate Proを使い測定して指標にしている。ジョッキーの腕が良いと乳酸値もあがりやすい。それだけ馬の力を引き出せるということだと考えている。馬の走行スピードと乳酸値をみて、運動強度を変えたりジョッキーや、並走させる馬の組み合わせを変えたりしている。

感想

パネルディスカッションで、広瀬先生がフィジカルコーチとしてやるべきことは、試合で課題を見つけて 、その課題を解決するために必要なトレーニングの仮説をたてて、メニューを組んで結果を検証することとお話しがありました。PDCAサイクルそのものですが、女子サッカーのワイドアタッカ―のスピード、パワーの差についてのリアルなお話があったため具体的にイメージすることが出来ました。市民ランナーも課題に対して効果的なメニューを考えて実践して検証していく必要性をあらためて感じました。

今年は、乳酸に必ずも関係しない話題もあったが、現場のコーチやトレーナー経験がある方のお話が多くエリート競技者の強化の現場の一面が見えたのが勉強になりました。

懇親会では、スポンサー会社のコービオンジャパンの社長と話が出来て良かった。乳酸が一番売れているのが食品の添加物、防腐剤として使われていることを知りました。

以上(2020年2月15日)

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    小平市在住の50代男性のkamihooです。40歳から本格的にフルマラソンの大会に参加し始めて、2017年11月に48歳で大田原マラソンでサブスリーを達成しました。自己ベストは2020年1月の勝田全国マラソンの2時間54分37秒です。「ジョグのねっとわーく」でランニング日記をkamihooのアカウントで公開しています。https://jogno.net/

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